読書記録『教室を動かす言葉のチカラ』⑤ 著:渡辺道治 発:学陽書房

書き言葉から話し言葉へ

 この最後の章では、ここまでの章で研ぎあげてきた言葉の斧を「振るうときのポイント」について解説している。2024年の1月から5月までに名古屋で行われた全5回の話し方講座で行われた内容である。voicyでも同じ内容がより具体的に語られているので、興味をもった方はぜひそちらも聞いてほしい。

声を磨く

 声とはメラビアンの法則でいう「聴覚情報」にあたり、コミュニケーションで相手に渡している情報の影響力としては38%を占める(ちなみに、言語情報:7%、視覚情報:55%)。

 この声という音声情報における要素はさまざまあるが、教師という仕事においてこの要素に重要度ベスト3を与えるのならばどうなるか。渡辺先生は次のようにおっしゃっている。

1位:無駄が削がれていること
2位:緩急
3位:抑揚

 さて、ではこの3つを意識するためにはどうしたらよいのか。ここで紹介されているのが「シャドーウィング」である。渡辺先生も20代のころから続けてきたトレーニングだそうだ。やりかたを紹介する。①自分の憧れや目標となる話し手の音源を見つけ、特に真似たい部分を30秒ほど決める。②その30秒を書き起こして、テキスト化する。③音源に合わせて何度も読む。④覚えてしまったら、原稿なしで読む。

 このシャドーウィングを続けることで、抑揚や緩急はもちろん、フィラーと呼ばれる「えー」や「あー」という言葉が挟まれなくなり、自然と言葉が磨かれていく。およそ一か月程度で自身の言葉が相手に届きやすくなる実感がもてるようになるそうだ。

視線を磨く

 ここでは、「セロトニン5」という視線を合わせることで生まれる効果を紹介している。視線を合わせるだけで相手に安心感を与え、視線の送り方によっては「認められている」や「励まされている」などの感覚を与えることができる。

 この視線の効果については、2024年の夏の講演でさらにパワーアップして3つ紹介されるようになった。キーワードだけ載せるので、覚えている方はぜひコメント欄へどうぞ。

セロトニン5(安心感や癒しを与える)ほ・ほ・は・さ・み
ドーパミン5(ワクワク感を与える)う・み・も・こ・へ
ノルアドレナリン5(緊張感を与える)し・じ・ま・そ・し

 磨き方としては、「2秒の意識」がキーワードである。一人に2秒間ほど目線を合わせる意識をもつとよいという。具体的には、朝の会などで先生の話しが終わった後に子どもたちに目線が合った人数を聞いてみるとよい。何回か続けることが教師自身のトレーニングになる。私自身がやってみた感想になるが、叱る内容よりは褒めたり単なる事務連絡の方がよいかもしれない。叱る内容だと子どもたちの視線が自然と下がってしまうからである。

表情を磨く

 あなたは普段どのような表情でいることが多いだろうか。私は眉間にしわがよりがちなので、絶賛表情の練習中である。ここでは、視線と一緒に「笑顔」の練習をおすすめされている。まずは、「笑顔の1分間キープ」、それができたら「笑顔の5分間キープ」である。お手本としては、笑顔のプロとしてCAさんを渡辺先生はよく取り上げている。

参考動画:https://www.cchan.tv/watch/5bfccb94de67493d9ca45962b422d626/

立ち姿を磨く

 視線、表情、立ち姿、この3つで視覚情報は大まかにすべてカバーすることができる。立ち姿をさらに分解すると、①姿勢②服装③立ち位置に分けることができる。

 正しい姿勢をとることで、「自信をもって話している」ように聞き手に感じさせることができる。すると、不思議と話の説得力も増していく。ほんの少しのことだが、毎日気付いたときに意識して直していくことが重要である。私は毎日の通勤時に、お店のショーウィンドなどに映る姿を見て姿勢を直すようにしている。

 服装では、自分の話や授業を邪魔しない「話」を際立たせる服装を渡辺先生は選んでいるそうである。それが、いつも講演で見るダークジャケット&Tシャツのスタイルであるそうだ。ここでは、タークスーツを毎回着て漫才に臨むお笑い芸人の話も紹介されている。あなたの決まった戦闘服はあるでしょうか?

 最後が、立ち位置である。意味もなくうろうろと動き回っては聴衆の集中を妨げてしまう。基本は教室の「角」にすることで、全体に無理なく視線を送ることができる。しかし、意識して立ち位置を使うことで聴衆の集中を引くことができる。それが「パーソナルスペース」の利用である。距離が持つ位置エネルギーを使うのである。あえて近づくことで、相手にエネルギーや緊張感を与えることができる。これは、私も教室でよく使うテクニックである。このように「不必要な動きを極力減らす」ことと、「動くのならば意味のある動き」をという意識をもつことが、立ち位置を磨くうえで大切であると渡辺先生は言う。

環境を磨く

 講演の際に、渡辺先生が会場の音響の調整に時間をかけることを知っている方も多いだろう。ここでは舞台を整えることの大切さを紹介している。「教室の前に不要なものを置かない」というユニバーサルデザインの話はどの学校でも語られることが多いだろう。先ほどの渡辺先生やお笑い芸人の服装に通じるが、「話」に集中できる環境を作ることが大切である。あなたの教室をイメージしてほしい。子どもたちが視覚情報を受け取る黒板の前方、時計の秒針や水槽のモーター音などの聴覚情報など、子どもたちを「話」から遠ざけてしまう要因はないだろうか。

あり方を磨く

 ここまでした示したステップ通りにトレーニングを積んだとしても、思いどおりに言葉が届かない相手と出会うこともきっとあるだろう。渡辺先生ですら、「言葉を届けることはなんと難しいのか」ということを、これまでに幾度となく感じてきたそうだ。それは、渡辺先生が覚悟と決意をもってあり方を磨いてきた結果である。あなたは毎年、人事希望調査書にどのような希望を書いてきただろうか。渡辺先生は、第一から第三までの希望欄を空白で出していたそうだ。ただし、備考欄には「この学校で、校長先生が最も大変だと考えている学年、クラス、子どもたちを担任させてください。」と毎年書き続けてきたという。これがどれほど厳しいことか教職経験のある方ならば、容易に想像がつくだろう。渡辺先生は、荒れている学級、子どもたちの心のコップを何とか上に向け、思いや考えを受け取ってもらえるように言葉を紡ぎ続けてきた。毎回決まったパターンの正解はなく、様々な難題や発展問題を投げかけてくる子どもたちに対して、「言葉を磨くこと」を続けてきた。むしろ、そうした苦境に立ち続けたからこそ、「言葉の力を磨かざるを得なかった」。教師にとって唯一無二の相棒は言葉であり、どんな過酷な状況にあったとしても、最期の最後に子どもたちを動かしたり、クラスを磨いていってくれるのも、また言葉である。様々なテクノロジーが進化し、教職の役割や意義が問われている昨今だからこそ、ますますこの「相棒」の大切さが再確認されるフェーズに突入したと渡辺先生はおっしゃっている。

 つけたしになるが、現在自分が受けている伴走型の取り組みで、「飢え」の重要性を指摘された。そつなくこなせることが増えてきた教師6年目だからこそ、自分から「飢え」を生み出す姿勢が重要であると感じた。そのうえで「毎年一番大変な学級を希望する」ということは、自分の力を最大限伸ばそうとする「飢え」を生み出す環境づくりとしてとても大切な教師の覚悟だと感じている。この「飢え」がないと、真に「言葉の力を磨く」ための熱意も生まれないのかもしれない。

 言葉によって心が動いた結果、体が動く「行動」が伴うようになり、その数が一人、また一人と増えていく。そうして、意識変容から行動変容へとつながる子どもたちが一定数を超えたときに初めて「教室全体が変わる」。渡辺先生が幾度となくみてきたその光景を見た時の感動や喜びも、本書の『教室を動かす言葉のチカラ』というタイトルにこめられている。

 

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